October 06, 2016

さいたまでの「チェルノブイリ」とサロン発表会

10月1日、ペットを飼いたいと検索していたらいい物件が見つかり、埼玉に引っ越してきたのが4年前、2ヶ月に一度「原発問題を考える埼玉の会」を開催して福島にとことん寄り添ってくれるみなさんと知り合って3年目。知り合ったみなさんが中心となり実行委員会を立ち上げてくれ「チェルノブイリの祈り」公演のその日を迎えました。なんと230人もの皆さんが来てくれ大成功。
「甲状腺がん子ども基金」の寄付を募ったら9満円以上も。3月25日には「はだしのゲン」公演も決定、埼玉でのいいスタートをきることができました!

2日
講談サロン「香織倶楽部」の発表会。十条の「街なか」さんでは5回目。天気が良すぎたのかお客さんより出演者が多く、準備した多数の椅子がむなしかった(笑)
トップバッターの織峯さんは沼田市の「月夜野の義人」を。先日沼田に行ったばかりなので嬉しいです。織丸さんは時々講談「豊洲移転の顛末」もっと多くの方に聞かせたかった。トリは織淳さんの相撲話。昨日もきてくれたジョニーHさん、今日もきてくれて「築地でいいじゃないか」の歌で応援、みなさん、もっとお客さんを呼びましょうね。

さてさて、豊洲移転のごまかしの数々、オリンピック会場見直し、稲田防衛大臣、菅官房長官の白紙領収書‥。ますます像然としてきました。こうなったら大臣たちには富山の市議会を見習っていただきたいし、豊洲もオリンピックもひとまずご破算にするのが正しい税金の使い方では!?




September 25, 2016

総掛かり、茨木市「はだしのゲン」沼田で「チェルノブイリ」

19日安保法案強行採決から一年のきょう、国会前の「総掛かり行動」に。あいにくの雨にもかかわらず2万3千人もの仲間が集まった。高江から直行の福島みずほさんが無法地帯と化した高江の様子を報告。まったくもっと報道しろといいたい!
元レンジャー部隊員の井筒高尾さんの発言は鳥肌が立つほど怒りに満ちていた。
安倍首相は自衛隊員の命を軽く考えている。邦人保護というが南スーダンでは邦人はすでに脱出している。安倍の目的は実践を積ませるだけ。自衛隊員の命をなんだと思っているのだ〜!

22日茨木市で「はだしのゲン」公演。山下市慶喜市議たちが早くから企画準備してくれました。講談が終わった後に質疑応答の時間があり、質問がさすが大阪!という感じでした。右翼に嫌がらせや妨害をうけないか、とか、食べていけるのか(笑)
「こういう社会的なテーマの講談をやるようになってからマスコミからは声がかからなくなるのは織り込み済み。てもお客様の切符で食べてます!」拍手いただきました。

24日、「花はどこへ行った」や「わたしの、終わらない旅」の監督、坂田雅子さんたちが中心となって呼んでくれた沼田市での「チェルノブイリの祈り」公演。実行委員のみなさんがとても仲良く楽しそうで、以前からの友人のような感じでおにぎりを食べながら打ち合わせ。公演終了後はみなかみ市月夜野の坂田さん宅に泊めていただき、翌朝は目の覚めるような大自然の景観。冬にはスキーに来ますと約束し、すっかり癒されて上毛高原駅から大宮へ向かう私でした。あっと言う間に着いちゃいましたが(笑)



September 18, 2016

中野で「フラガール」「子ども基金」がNHKニュースに。

9月3日、中の芸能小劇場で12時半から「フラガール物語」。オフィス10さんの取り組みで午前と午後3時からの落語家さんの間に講談を一席。8月から正式に協会の前座となった伊織の友人たちも10数人中には海外からもきてくれたとか、頼もしい!

次回は12月4日、「いわき発安寿と厨子王物語平成版」。
16日の夜席で「安寿」の後半「兄弟の別れ」をかけたところ、手ごたえあり、前に聞いたことのある阿部さんが「前と全然違う、面白い」と言ってくれた。ガラッと変わった作品、がんばってお客さんを呼ばなきゃ。
9月17日
7月に発足したばかりの「3,11甲状腺がん子ども基金」の設立シンポジウムが北とぴあで開催。9月には疑いも含めまた新たに2人みつかり174人に。事故から30年後、再びベラルーシを訪れた菅谷昭松本市、医者から「財政難のベラルーシでさえ年に一度一月の保養を実施しているのになぜ日本ではできないの?」答えに窮したとか。保養どころか年間20ミリのところへ帰還させようとやっきなのだから話にならない!なんとこの集会が夕方のNHKのニュースで放送されました。NHKもこれ以上無視できないところまできているということでしょう。


August 31, 2016

安寿を寄席で、マルセ太郎氏、むのたけじ氏を偲ぶ

25日、上野広小路亭、マクラでオリンピックの日本勢大活躍の話のうち、レスリングの銀に終わった吉田沙保里選手、お母さんが「ほんとによくやった、霊長類最強なんで言われているけど私にとっては、ひとりのかわいい娘です」この言葉を導入に親子の情愛がテーマの「いわき初安寿と厨子王物語」前半、親子別れの段を語る。そして来月の日本橋亭では後半の山椒大夫のもとでの辛い日々と母との再会を。二つに分ければ十分に定席で語ることに今頃気がつくとは(笑)
昼席後は歩いて文化フォーラムに移動し、「マルセ太郎鑑賞会」。15年前に亡くなったマルセさんがスクリーンいっぱいに。今回は山田洋次監督の「息子」。まずは、方言がいかに良きものか、北海道弁、秋田弁、長野弁、九州弁を語りわけで笑わせ、本編に。そしてこの前段が活きてくるのだ。
マルセさんの毅然とした怒りと上質な笑いが今ほど求められている時代はないような気がする。マルセさんだったら平気で国民を欺く現政権をきっと溜飲が下がるような怒りで笑わせてくれるのだ‥。
26日には高畑淳子の記者会見があった。痛々しくて見ていられなかった。子を持つ母はいつも子どものことを案じている、私も二人の娘のことが頭から離れない。それにしても「好事魔多し」とはよく言ったものだと思う。「魔がさす」ことの恐ろしさ‥。敦子さんは特徴のある個性派女優さんだ。どうかこんどのことを肥やしにして、仕事を続けてほしい。
さて、この夏は大切な方々がお亡くなりになった。永六輔さん、大橋巨泉さん、藤田祐幸さん、そして先日101歳で大往生のむのたけじさん‥。かつて横手のむのさんのお宅を訪ねお話を伺うという僥倖を得た。その後お手紙を頂いた。それは私の宝物。これからも見守ってください。


August 10, 2016

天皇のメッセージ、井原さんの「平和への誓い」

8日の天皇のビデオメッセージ。普通ならとっくに楽隠居の年齢でありながら「象徴」という大役を担って老体に鞭打って働いている天皇ご夫妻。天皇の、皇室の人権について議論してこなかったこと猛省しなければ。憲法を葬り去ろうとする現政権に立ち向かい、憲法を遵守し、災害にあった国民に暖かい眼差しを向けるご夫妻。生前退位はぜひ実現してほしい。そして8月9日の長崎での平和祈念式典。井原東洋一さん、「平和への誓い」素晴らしい内容でした!
「幼い頃、神の国日本、欲しがりません勝つまでは,などと教えられて過ごした私は、相次ぐ空襲に逃げまわり、防空壕で息を潜め、日本の敗戦は近い、と思っていました。」
「原子雲の下は、想像を絶する修羅場となり、日本人だけでなく、強制連行された中国人や動員された朝鮮人、戦時捕虜のアメリカ人や諸国の人々を含むおよそ7万4千人が無差別に殺され、虫や 鳥や植物などのすべての生き物も死滅しました。」
「翌日から救護活動に参加した母や姉兄などの体験で、惨劇の大きさを知りました。その母も姉も兄も、歯茎から血を出し、髪が抜けるなど長い間の苦しみに耐えながらも、次々に原爆症で亡くなりました。」
「広島に歓迎されたオバマ大統領は、空から死が降ってきた、と叙情的に表現されましたが、広島のウラン型原爆に対して、長崎にはプルトニューム型原爆が投下されたことから、私には、二種類の原爆による実験ではなかったのか、との思いがあります。」
「政府には、原爆症や被曝体験者の救済について、司法判断にゆだねず政治による解決を望みます。」
「しかし私たちは、絶対悪の核兵器による被害を訴える時にも、日中戦争やアジア太平洋戦争などで、日本が引き起こした過去の加害の歴史を忘れてはいません。」
「わが国は過去を深く反省し、世界平和の規範たる日本国憲法をつくり、これを守ってきました。」
「国会および政府に対しては、日本国憲法に反する、安全保障関連法制を廃止し、アメリカの核の傘に頼らず、アメリカとロシア及びその他の核保有国に核兵器の「先制不使用宣言」を働きかけるなど、核兵器禁止の為に名誉ある地位を確立されることを願っています。」「地球市民とともに、核兵器廃絶の実現を!」

ハリのある声で堂々と訴えられた井原さんとは長年の友人、とても誇らしい気分です!