March 12, 2012

大震災から1年目、徳島へ

「島」繋がり?「広島」を語ってきた私が「福島」を伝えに「徳島」へ!
大震災から一年目の昨日は、羽田空港から阿波踊り空港へ。
走る男、中野勇人さんが迎えにきてくれていて、会場のアスティ徳島へ。ここは昨年9月にも高開千代子さん達に呼んでもらった会場だ。四国には今年毎月呼んでもらっていて先月の松山市でも聞いてくれた方がまた数人参加してくれていた、うれしい。会場は立ち見が出るほどの400人。
「さよなら原発徳島集会」の一部は「さよなら原発徳島実行委員会」結成総会、2時46分黙祷の後、小出裕章さんのビデオレターを受けて私の講演、福島の怒りを伝えるぞ!、伊方原発再稼働させないぞ〜と私のテンションはのっけから上がり、瓦礫受け入れや食べて応援に対する訴えから入る。自分でも何が口をついて出るか分からない(笑)相当鬱憤が溜まっていたのだわ。でも皆さん、泣いたり笑ったりであっと言う間の一時間でした。懇談会では福島のこどもたちの保養地にも話が及び、夏休みに実現できるかも?
 今日は「阿波木偶の人形会館」で人形の制作法等説明を受ける、素材の桐は会津産、からくりのばねはくじらのひげ、艶顔のおしろいは牡蠣のからを石臼で挽いたもの。素材は自然のもので表情豊かな、400年も前からの阿波木偶人形、日本人の繊細さ、手先の器用さ…。本来、日本人には知恵がある、原発なんかなくたって絶対にやっていけると確信して(もっとも今はたった一基しか動いてないのだが)阿波踊り空港を後にした。短い時間で観光までさせてくれた高開さん、2日間安全運転で私を運んでくれた中野さん、ありがとうございました。四国の皆さん、また、お目にかかりましょう。